【九州豪雨】2020年7月4日を忘れません | じじおぶろぐ
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【九州豪雨】2020年7月4日を忘れません

九州豪雨 2020

今日はちょっと重いお話を書かせて頂きます。

タイトル通りの話題となりますので、気が重くなる方は読まない事をオススメします。

僕は”のほほん“と発言・書くタイプなので”重く“書く事はあえてしないです。

ただ現実を。その時の心境を書かせて頂きます。

球磨川、氾濫前日

この時は、既に各メディアで異例の大雨警報が出ていました。

僕の中でも
まぁ、大雨って言っても大したことないだろう
と高を括っていました。

なにせ台風に慣れているような地域だったもので。

ですが、やはり不安なものでその日は夜まで作業をしながらニュースをちょこちょこ確認していました。

午前3時…4時…5時とライブカメラもこまめに見る始末。(こういう時にライブカメラってメッチャイイです)


なぜ、不安になってしまうのかというと
妻と子どもが住む家が球磨川沿い(マジで道ひとつ挟んだ位)だったからです。

氾濫寸前の球磨川

こまめに妻に連絡しましたが、連絡付かず(後日、うるさくて通知を切ったんだそうでw)

でもちょこちょこLINEは返信が来ていたのです。

そして、6時のライブカメラ…もう氾濫する寸前でした。

やっと布団から出てくれて、実際に目で見てくるようお願いをした。

その時はもう堤防から川の水が道路に少しずつ溢れている状態だったのです。

急いで、子どもを連れて安全な場所(姉の家)に避難が完了。

そして、いよいよ球磨川が

コロナ渦の2020年、あり得ないと思っていた事が現実のものとなっていまいました。

球磨川、氾濫

実は避難をはじめた時には氾濫が始まっていたようです。

といっても膝下まで(それでも異常)

大人や子どもにとっても初めての経験。普段、穏やかな川だった所から茶色い水が家の前まで来ているのですから。

妻は避難をする前に、少しだけ荷物を二階にあげたそうです。流石である。

その後の話なのですが、ここまで酷い事になると思っていなかったからか


大事な物をもっと二階にあげておけばよかった

という事をいっていました。

僕からしたら、命あってこそ

とは思いますが実際、

1日でほとんどの物を失った

のですから、何も言えませんでした。

その日はずっと僕も連絡をこまめにとることしか出来ない状況でした。
(高速道路も不通・下道は完全に崩落)

その日は全く眠れず、それこそ今後どうしようか悩んでいました。だって現地に行けないのですから

それから数日後

色々と妻と連絡をしながら、現地の状況や今後の方針を考えながら日々を過ごしていました。

被災直後は

  • ボランティアが県外から受け入れないという事
  • 物資が全く足りないという事
  • 物資は道路や線路などが完全にアウト

鹿児島からの道はすぐに復旧したそうですが、やはり数日は
陸の孤島」と化したそうです。

我ながら奇跡的な行動をしていた

奇跡的な行動“、それは…

西野亮廣エンタメ研究所に登録申請をしていた事です。しかも…7月の頭に。

災害なんて来ると思っていませんでした。ですが、西野亮廣エンタメ研究所に入会して本当に良かったと思っています。

昨年にはエンタメ研究所に登録したいとは思っていたのですが
結局、行動を後回しにしていたっていう事です。

ただ、このタイミングで申請し承認が出た事に何か今後の指針を感じたのは事実です。

行動でしか、人は変わらないと本気で感じました。

この西野亮廣エンタメ研究所に参加した事でまた人生が変わっていったのですが、

これはまた、いずれ書きたいと思います。

サロンメンバーや友人に助けられた

西野さんの行動の早さとサロンメンバーさんの行動力にはとても感動しました。

https://silkhat.yoshimoto.co.jp/projects/1736

相当額(5,000,000円)が一瞬で支援されたようです。

そんな中、僕はオンラインサロンでの投稿やFBの仕組みもあまり理解していない状態。

なんとか県人会(西野亮廣エンタメ研究所の各都道府県ごとのFBグループ)を探しだし、県人会への加入申請をし…

メッセージを投稿しました。

「妻の実家が被災して困っています」

「人手が欲しいのでよろしくお願いします」

そうすると、メンバーさんが手を挙げてくれました。一瞬で集まり、作業の手伝いをしてくれることになりました。

本当に感謝です。

被災地の人々の現状

現地では大人は作業を必死にしているが、子ども達はほったらかし(仕方ないのだけれど)になっている事をしりました。


子どもは学校もいけず(休校)、ウチの子達のように家や物を全て失ったこども達もいます。

そんな子達が何も思わないワケではありません。


現に僕の娘(6歳)は小学校一年生になる前に新型コロナウイルスが流行し、学校にまともに行けるようになって1ヵ月したらこの災害です。


学校が楽しい!」「学校の友達と家で一緒に遊ぶのが楽しい!」と言っていたのに。

娘は球磨川の水位がちょっと引いたタイミングで妻と一緒に家を見に行ったそうです。

その後、たびたび思い出しては泣いていたようです。

ぜんぶなくなったね

ウチの家族はまだマシだ。と思う反面、被害の無かった人・より深刻な家庭などがあるのが現実です。

そんな子供たちに

おもちゃや絵本を支援したいと思いました。
たとえお古でも、僕がキレイにして届ける!

そうしようと思いました。

こども達にフォーカスした支援物資

この呼びかけに本当にとんでもない量の物資が届きました。
本当に感謝しかありません。

  • おもちゃ
  • 絵本
  • 衣服

など、本当にありがとうございました。

ほぼ、一人で荷解きや洗濯・清掃・消毒などをしたため結構な時間を要してしまいました。

それを整理しつつ、ちょっとずつ被災地に届けていました。

色んな方々の物資の援助に本当に感謝しかありません。

  • プログラミングスクールで知り合った友人
  • メモの魔力でしりあった友人
  • サロンメンバーの方達の支援

など

本当にありがとうございました。

想いを行動に変えて、これからも支援していきます。